質問コーナー⑲~医学部に差はあるか?①:国家試験の仕組みを添えて~

国家試験

挨拶

ハイ!ナイストゥーミーチュ!セザキングです。

マッチングも終わり、いよいよ国家試験のシーズンですかね。何を隠そう、僕は6年生のこの時期が最高に楽しかったです。本当に。

学生って、「学ぶ生徒」って言うくらいだから学ぶことが仕事なわけですよ。だから勉強さえしていれば全てが許される感じがしてとても楽でした。いっぱい勉強して、いっぱい遊ぶ。それが許される時期だったような気がします。

一方でこれまでに勉強をしてこなった人は大変かもしれません。試験にうかるだけの勉強がいかに儚いものか、それを痛感する時期でもあります。

勉強が楽しいと感じるか、それともただの苦痛なのか。その感じ方の違いは一生を大きく左右する気がします。生きていくということの全ては勉強ですからね。「勉強」というものを特別視してはならないのです。「息を吐くように勉強する」こと。いかにしてこの境地を目指すのか、今後言及していきたいと思います。

さて、本題へ。

質問

質問内容

初めまして、現在日本国内の医学部を志望している受験生です。私は将来米国で働く事について興味をもっているのですが、入学した医学部によってUSMLEの有利不利(割ける時間やカリキュラム等)はありますか。お答え頂けると幸いです。

返答

何故、わざわざblogで答えようかと思ったのか。その理由は3つある。

①SNSを通じて多少なりとも医学部受験生がこのブログを見ていることが分かったから

②詳しく言及するに値する内容だと判断したから

③質問内容から質問者の知性を感じ「助けねば!」精神が強く働いたから

である。

特に①は喜ばしいことで、医学部受験生が徐々にツイッターやこのブログに流入するようになってきている。これまでは、医学生や医師に限定した情報発信だったが、SNSを通じてその裾野が広がりつつあるようだ。

実際に、医学部選びはUSMLEのみならず、様々なことに大きな影響を及ぼし、はっきり言って「人生を左右する」といっても過言ではない。それほど大事な選択になるのだ。

医学部選択は人生を大きく決定しうる

では、最初に医学部選びとUSMLEの関係について言及し、その後他に影響をあたえる得る因子について話を広げていこうと思う。

偏差値高い大学ほどUSMLE受験には有利

これは想像に容易いと思うが、自明な事実である。果たして、何故だろうか。

最初に一番大事な理由をお伝えすると、「自由時間の違い」である。これが決定的に違う。

例外はあるものの、基本的には偏差値が高い医学ほど自由が許される傾向になる。例えば、偏差値が高い医学部は出席が非常に甘い、テストも少ない、過去問で対応可能、休みが長い等、とにかく強制力が小さい。

一方で偏差値が低い(低いといっても医学部の中でだが。)医学部はどうか。端的に言えば上の逆である。特に私立大学はその傾向が強い。果たして何故だろうか。

偏差値の違いによって自由度が全く異なる

ここでは僕の持論を展開する。一度、物事を俯瞰してみよう。

そもそも、医学部の役割とは何ぞや。

一部には研究のために設立された医学部もあろう。しかし、どの医学部にも共通している使命は「医師を作ること」である。となれば、個人の努力に委ねる部分はあれど、基本的には医学部に入ったからには医師になれないといけない。「あの医学部はいっても医師になれないらしいよ」と言われる大学はいけないのだ。

医学部の主たる使命は医師を作ること

国家試験の仕組み

さてさて、そこで問題になるのは国家試験の仕組みだ。果たして頑張ったら誰でも医者になれるのか。残念ながら答えは否である。何故なら、必ず受験者の1割は不合格になるように設定されているのだ。

医師国家試験を知らぬ、低学年生や高校生のために少し詳述しよう。国家試験は全400問で構成され、さらに以下の3つの分野に分かれている。

・一般問題:単純知識を問う問題

・臨床問題:症例からの出題

・必修問題:医者になるんだからこれくらい知っとけ!問題(中身は色々)

この3つに全て合格することでようやく合格となり、晴れて医師になれるのだ。「なんか大変そうじゃね?」と思うかもしれない。確かに、ひぃひぃと言いながら勉強している医学生が大多数だが、一方で鼻〇そほじりながら合格してしまう人たちもいる。このブログの読者は後者であることを信じているが(鼻く〇をほじってほしいわけではない笑)、その理由が知りたい人は以下の過去記事を参照にしてほしい。

USMLE概要⑦~日本の国家試験とUSMLEの違い(前編)~初心者はまずこれを見て震えるべし
日本の国家試験とUSMLEは似て非なるもの! ハイ!ナイストゥーミーチュ!Dr.瀬嵜です。 明日撮影です。なんのかって?それは後日お話します。 現...

3分野の合格基準について

話を戻すが、つまり国家試験に合格するためには、3つの分野全てに合格する必要があるのだ。さてさて、実はこの3つはそれぞれ合格基準が異なっている。ざっくり言うと以下のようになる。

・一般問題:相対評価

・臨床問題:相対評価

・必修問題:絶対評価(実は相対)

一般問題と臨床問題は完全に相対評価により合否が決まる。合格最低点を見ればわかるが、毎年ばらばらなのだ。年によって変動する。では、相対評価によりどれくらいの人が不合格になるかというと、大体下位5%である。偏差値でいうと33くらい。

ここで一度立ち止ってほしい。たった5%なのだ?経験者じゃないと理解しにくいかもしれないが、「医学生ってみんな頭いいから上位95%に入るのも大変では?」なんて思わないでほしい。

はっきりいって下位5%は完全にただの勉強不足である。6年間何も勉強してこなかったツケでしかない。なので、いかに部活に明け暮れた学生であっても少し心を入れなおして勉強したら一般と臨床で落ちることはないのだ。厳しい話かもしれないけど、一般・臨床落ちは勉強不足に他ならない。

一般・臨床では下位5%しか落ちない!

必修は絶対評価?総体評価?

さて、では残る必修はどうだろうか。必修の合格基準は未来永劫8割以上と決まっている。200点満点なので160点以上取ればよいのだ。簡単に8割と言ったが、実際に受験生を最も苦しめているのがこの必修なのである。

必修は名のごとく「必修」であるため、基本的には難しい問題は出題されず、医者として絶対に知っておくべき知識が主に出題される。しかし、中には悩ましい問題も散見され、正答率の低い問題もあるのだ。

となると、どれだけ難しくても8割取らないといけないプレッシャーと戦うことになる。国家試験がメンタルの試験でもあるのは、この必修との戦いが故なのだ。仮にメンタルが弱いと、普段はしないようなミスをしてしまうことがある。こうして、不幸にも成績優秀者ですら「必修落ち」という末路を辿りかねないのだ。(ある大学の主席が必修落ちしたとも聞いたことがある。)

必修はメンタル試験

さて、確かに必修は絶対評価である。しかし、もし必修が超難しくて8割を切る受験生が続出した場合はどうなるか。当然、不合格者が増えることになる。実際に割れ問(選択肢が受験生間で割れるような問題)が頻出し、受験生が頭を抱えるような年もある。

だが、国家は合格率を9割前後に保ちたいため、絶対評価のせいで想定以上に不合格者が出てしまうことを避けようとする。すると、国はどう動くかというと「採点対象外の問題を沢山つくる」のだ。つまり、高難易度の問題は採点されないことになる。

何が言いたいかというと、例年よりも不合格者が多く出そうな場合(←これ自体も合格率9割を軸とした相対的な判断である)には、「相対的に」難易度の高い問題を採点対象外とし、合格者数を調整しているのだ。

まぁ、結論を述べると「国家試験は完全に相対評価」=「椅子取り問題」なのである。つまり、いかに受験生が頑張ろうとも既に「牌」の数は決まっており、医学部間でそれの取り合いをしているということだ。

だからこそ、医学部はその「椅子」を取るべくして必死になる。何故なら、国家試験合格率はもはや「大学の教育的価値を示す最大の指標の一つ」になっており、低い合格率=だめな教育という構図が出来上がっているからだ。

国家試験は医学部間の椅子取りゲーム

偏差値によって大学からの締め付け度が大きく異なる

そこで偏差値の話に戻る。学生本人の器質次第ではあるが、「偏差値が高い大学の学生ほど合格率が高くなりやすい」という社会通念のようなものがある。これは真でもあり偽であるが、当然、偏差値の高い大学には「勉強が得意な学生」が多く存在し、彼らは自主的に学ぶことができるため結果も付いてきやすい、一方で偏差値が低めの大学ではあまり勉強を好まないことが多い。証明しろと言われても不可能だが、恐らく事実であろう。

すると、合格率が下がっては沽券にかかわる医学部は必死になって学生に鞭を打つようになる。自主的な学生も中にはいる、にも関わらずだ。偏差値が低めの大学では「こいつらは言わないと勉強しない」思い込んでおり、強制的に勉強させるために医学部を「専門学校化」させて、ひたすら医学のみを叩き込み、「留年」を生贄にとって、ひたすら巨石を運ばせる。

一方で、偏差値が高い大学は、そこに所属する医師・教員も自大学を卒業していることが多く、彼らは「まぁ適当にやればうかるよ」と本気で思っている。だからこそ、彼らにとって学生を締め付ける必要性などなく、自由を与える傾向となる。

さて、USMLEに話を戻そう。当然だが、ある大学を除いてUSMLEは医学部のカリキュラムに含まれていない。つまり、「+α」なのだ。ただでさえ、自由な時間が無く、目の前の試験勉強にひいひい言っている最中、その「+α」に手を出すことができる人が多くいようか。

いや、いない。反語である。

USMLEのようにカリキュラム以外のことに手を出すためには自由がいるのだ

長くなるので続きます。いったん、しーや。

コメント

タイトルとURLをコピーしました