どうもー。ナイストゥミ―チューDr.瀬嵜です。瀬嵜って珍しい苗字ですが、実は浜松市に多く見られます。だからなんだってね。
山形大入学
いよいよ山形大学に入学した瀬嵜君。ここからはUSMLEに出会うまでの経緯をお伝えしていきます。果たしていかに平凡な医学生は覚醒していくのか。
大学入学にはやりたいことが色々ありました。ボウリングはもちろんのころ、ハモネプ(アカペラ)もしたかったんです。しかし当然医学部にそんな部活はありません。仕方なく全学の部活の門を叩くことにしました。
結論を急ぐと入部はしたものの長続きはしませんでした。2年生以降はキャンパスが変わってしまうということと、やはり話題が合わないんです。良いとか悪いではなく、単純に共通の話題がない。共通項を持つ知人を見つけることの重要性を学びました。
医学部部活へ
そしてそれ以外にも医学部の部活を選ぶことになります。特にやりたい部活もなかったので本当に未定でしたが、当時全盛期のmixiを通じてソフトテニス部の先輩からお誘いがあり、入学式の夜にはソフトテニス部の歓迎会に参加することになります。
ええ、入学式あたりの出来事は全て黒歴史です。この場を借りて謝罪させて頂きます。まず初日からネクタイを頭に巻いてごめんなさい。「カラオケいくなら飲み会行きます」とか言ってごめんなさい。カラオケでA・RA・SHIの振り付けを強要してごめんなさい。などなど。
入学試験の成績を開示したんですけど、実はTOPまでなんと0.6点差だったんです。恐らく2位。恐らくね。
数学が150/200(合格者平均は100~120くらいと思われ)だったのが要因だと思います。友人ともよく話しますが、結局大学受験って数学なんですよね。いかに数学で点数をとるか、それが合否の分かれ目となる。
さて、実は成績が良かったことを知った僕は再び調子に乗り出します。「もっといい大学いけたんじゃねー?」。ええ人間は愚かなので一度学習したことをすぐに忘れるのです。その愚かさを語るには、それこそあまりに愚かなのであまり言及はしませんが。
また謙虚さも徐々に忘れ、部活付けの大学生活を始めました。総合大学の1年生なんてほんとにニートみたいなもので、とりあえず教養の授業に出て単位を取るだけの生活です。後期なんて週に9コマくらいしかなかったです。授業に出る、寝る、アイス食べる。そんな生活でした。本当に普通の医学生。
ダメダメな大学生活をしながらもテスト前は最低限の勉強はしていました。「少ない勉強量で効率よく点数を取ることが美学」なんて、そこら中の大学生が陥るようなダメな発想に至っておりました。
1年生の頃はそれでもなんとかなりましたが、2年生になりいよいよ専門課程に進み部活だけではなく勉強のほうも忙しくなってきます。
成績もなんとか上位2~3割をキープしていましたが、その矢先秋のウイルス学のテストで事件は起こるのでした。
メシウマを期待して次回の記事を待て。
おまけ
東北地方にいましたけど一つ一つの県が大きくて隣の県に行くのも大変。ですが、宮城県の仙台市だけは比較的近く1時間くらいでいけます。仙台市山形区と言ってもいいくらい仙台市に隷属しており休みになればみんな仙台に遊びにいきます。牛タンって焼肉屋ででるようなペラペラのゴムみたいなもんだと思っていましたが、はじめて利久に行った時は2つの点で度肝を抜かれました。まずは肉が分厚くてうまいということ、そして付け合わせのからしみたいなやつ辛すぎということ。何あれ、死ぬかと思いましたよ(笑)。
お勧めは利久の極み定食ね。結局これが一番!
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