質問コーナー㉑~医学部に差はあるか?③:優秀な人はどこにいる?~

コラム

挨拶

ハイ!ナイストゥミーチュー!セザキングです。眠くて倒れそうになりながらblogを書き書き。

医師になるための障壁について

医学部受験生はそろそろセンター試験が近づいてきて緊張感が増してきたところでしょうか。僕が考える「医師になるための最大の障壁」は「大学受験」「それを支える親の経済的な支援」の2つです。決して国家試験ではない。

医学部の試験勉強が大変なことは否定しないが、結局一度医学部に入ってしまえすればあとは他人が敷いたレールに乗って遅くとも真面目の歩みを進めれば途中でドロップアウトになることは殆どない。勉強不足などは問題外だが、例えば個人の能力不足が故にどれだけ努力しても卒業できないということは極めて少ないのだ。

この2つに関して詳しく言及すると、本題より逸れてしまうので後日再び詳述したいと思う。

とにかく医学部受験生は、この大学受験が最大の山場だと思って奮闘してほしい。界王拳(古い?)なら4倍も5倍出してもよい。天津飯なら倒れるまで気功法を打ってもよい。ちょっとくらいなら他の人から元気をもらって元気玉もぶちかましてもよい。

(学生の諸君、ドラゴンボールは「教養科目」だぞよ)

合格したら、僕は素晴らしきUSMLEの世界で君たちをお待ちしている。

医師になるための最大の障壁は「医学部受験」だ!

さて、本題へ。質問の続きです。申し訳ないが大変長くなってしまった。だって大事なことなんだもん。

前回の記事(①、②)は以下を参照してほしい。

質問コーナー⑲~医学部に差はあるか?①:国家試験の仕組みを添えて~
挨拶 ハイ!ナイストゥーミーチュ!セザキングです。 マッチングも終わり、いよいよ国家試験のシーズンですかね。何を隠そう、僕は6年生のこの時期が最高に楽し...

 

質問コーナー⑳~医学部に差はあるか?②:最新情報は都内にしかない!~
挨拶 ハイ!ナイストゥミーチュー!セザキングです。 出版の告知を開始したのでようやく息苦しさが抜けました。結構忙しかったのでそっちに注力していたのですが...

質問の続き

前回までの要点

再度要点をまとめておこう。「入学する医学部によって臨床留学に有利不利の差は生じるのか」という質問だった。まずは答えは「yes」であり、既に2つの違いを述べた。

・偏差値が高い医学部ほど自由時間を得やすい

・最新情報は都内に集まる

である。さて、最後の違いはなんだろうか。もう予想できている人も多いだろうが、それは「人」の違いである。詳しく言えば、人の「質」の違いである。これがもう全然違う。びっくりしちゃう。

「優秀な人」とは?

巷では「優秀な大学の学生=優秀」という方程式が成り立つかのような風潮がある(例えばメディアが異常なほと東大生を持ち上げるとか)が、これは少し違う。そもそも「優秀さ」というものに関して考察を深めたほうがいいかもしれないが、時間がかかりすぎるのでここでは敢えて完結に述べさせていただくと、僕にとっての優秀さとは「問題提起能力と問題解決能力が高い」ことである。

優秀=問題提起能力+問題解決能力

言い換えると、「自分または社会の問題点を抽出し、それを解決することができる力」だ。つまり、人に言われたことをただやるだけの人を優秀な「人」とは言わない、「忠実な」「ロボ」だ。それではただのコマで終わってしまう。「歩」は成っても「王」にはなれぬ。

さて、「偏差値が高い大学では優秀な学生に出会いやすい」が正解である。あくまで確率論なのだ。ただの「数学・理科・英語の出来不出来」で優秀さを丸ごと自体が不可能なのである。ただ、「医学部に合格する」という問題を解決した人の中には、当然それ以外にも通用する人が多いだろうという考え方だ。

話を臨床留学に寄せていくと、まず臨床留学は必ずしも「する必要がないもの」だという前提がある。つまり誰かが与える命題ではない。自らやりたいと思い、それを達成するために何をすべきか考えなければならない。これこそ、僕が提唱する「優秀さ」である。繰り返すが、ただ記憶力が良い人を「優秀」とは言わない。

優秀が優秀を呼ぶ

その「優秀さ」は、さらなる「優秀さ」と出会うことで刺激を受けてさらに研ぎ澄まされていく。「こんな優秀なやつがいるのか!」という衝撃は誰もが一度は経験したことがあるだろう。井の中の蛙は大海を見てさらに泳ぎ出す決意を固めるのだ。

一方で如何に優秀であっても、周囲からの刺激がなければ尖ったナイフの先は鈍化していく。価値観は環境の影響を多分に受けるのだ。特に地方の医学部の価値観は極めて限定的である。

「勉強ができる」

「部活で活躍する」

この2つくらいの指標しかない。都内の人は信じられないかもしれないが、田舎ではスポーツがうまい奴が偉い。さらに言えば、東医体や西医体で活躍することが絶対的な価値を持つ。

もちろんスポーツに打ち込むことは素晴らしいし、学校の勉強を頑張ることは素晴らしい。しかし、こんな中に「臨床留学する」なんというギラギラした「外来種」が入り込んでくると、古来の生態系との間で生存競争を起こす恐れがある。それは「大学の勉強」でも「部活」でもない、自分こそが見つけ出した課題に解決しようとする人が相対的に少ないからだ。自分の人生の舵を取るのが自分以外に誰がいるのだろうか。

偏差値が高い大学では、そんな「舵取り」に出会う可能性が高い。彼らは自分の価値観を否定されることを嫌うため、他人の価値観を否定することもない。互いに応援しあい、そして面白がるのだ。そうなればもうこっちのもので、あとは切磋琢磨していける環境が整う。USMLEの合格者が毎年10人出る大学と、未だに合格者のいない大学が同時に存在することの事実はこれらの理由により部分的に説明できるのだ。

「俺、アメリカで働きたいんだ!」「え、国家試験大丈夫?」の世界と、

「俺、アメリカで働きたいんだ!」「まじか、俺はオーストラリアに行きたい!」の世界

どちらに身を置きたいだろうか。

USMLEの合格者が毎年10人出る大学、または0人の大学。どちらが夢を叶えやすいだろうか。

ここまでの話を総括すると「臨床留学したいなら都内近郊の偏差値の高い大学が有利」ということになる。これは確かに事実だが、これでは既に地方の大学にいる人や、これから入学する人を失望さえ得ない。「有利不利」という面では、偏差値が高い医学部に入るにこしたことはない。

しかし、もっと大事なことがある。それを次回の記事で伝えたい。

それを伝えるのは、何を隠そう「スターバックスが46番目に出店した山形県の医学部」を卒業したセザキングである。ここまで読んでくれて、おしょうしな!!!(山形弁)

もうちっとだけ続くのじゃ。

 

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