こんにちはー(!?)、Dr.瀬嵜です。
前回の記事はここから!
自己紹介~高校生活終盤~
高校生活もいよいよ終盤となり、大学受験という大きな岐路を迎えます。
高校三年生にもなれば殆どの高校生は自分の進路を決めて、それに向けて準備を始めます。一方で僕は高校三年の12月に開催される全国高校対抗ボウリング選手権大会に向けての準備を着々と進めておりました。というかそれのことしか考えてなかった。
数回に渡り担任教師との進路面談がありましたが、I have no idea なのでお話にならない。「テレビなどのメディアに興味があるから早稲田?」なんてすっとぼけたことを抜かしておりました。しかしメディアに興味があるということ自体は嘘ではないのだが。
周りを見渡してみるとさすがは東海高校、多くの友人が医学部を志望しているのを目の当たりにするのです。
A群B群の発生
少し時が遡りますが、東海高校では高校2年になると成績によってA群とB群の2つの群に分かれます。
ええ、完全なヒエラルキーの世界です。成績下位の瀬嵜君は文句なしでB群に所属しておりました。
残念なことのように思われるかもしれませんが、実はB群の雰囲気の心地の良いことと言ったらありゃしない。みんな勉強から解放されていて本当に自由そのもの。それぞれが趣味の世界に生きてました。
普通の学校って成績が悪い人にこそ一生懸命勉強させようとするものだと思いますが、東海高校は全く違う。学校は本当に何もしないんです。語弊があるかも、、、いやないかも笑
でも僕らに焦りはない。頑張ればなんとかなるという根拠の無い確信がありました。これが進学校の最大の強みだと思っているんですけど、東海高校生は「医学部に行くことは特別なことではない」と心から思っているんです。いやほんとに。
なぜなら、あんなやつでもこんなやつでも合格しちゃう。それを目の当たりにすると、なんだあいつにうかるなら自分もうかるわと根拠ない自信がない湧いてくる。
こうなると受験って半分勝ったようなもんです。USMLE受験もそう。特別なことだと思うこと自体がことを難しくしている。
現にUSMLE受験ブームが訪れた山形大学では医学英語を勉強することが普通のこととなり年間に10人近くもSTEP1の合格者が出た。常識とは自分が所属する環境によって作られてしまうものです。
話を戻すと、大学受験に関して何にも興味が無く、成績も悪かった瀬嵜君ですら、何故か医学部に合格できると思っていました。
親の泣き顔を横目に12月まではボウリング街道を邁進しました。
しかし、「やればできる!だって東海生だもん。」という幻想は脆くも打ち砕かれることになるのです。
高校生活最後のテスト
高校生活の最期の実力テストのことです。英語のテストは記述とマークシートに分かれ、各配点は100点ずつでした。記述の点数のことはあまり覚えてませんが、このマークシートのテスト結果は自分の英語に対する決定的なトラウマを作ることになります。
マークシートはもちろん択一問題で構成されており、多くは選択肢が4つか5つでした。つまりランダムに選んでも期待値は20-25点くらいはあるはずです。ファンキーな同級生が多い中、その中でも特にファンキーな友人がおり、彼は試験中にゲームボーイカラー(懐かしいでしょ笑)をしたいがために全問選択肢の1を選らんでそのあとは遊んでいました。僕はできないなりにも一矢報いようと頑張って選択肢を選びました。
テスト返却の日のことを忘れもしません。ゲームボーイの彼の点数は26点、僕はなんと16点でした。
これってどういう意味かわかります?「6年間の英語勉強はなーんにも意味なかったよー」っていう事実を叩きつけられたに等しいのです。だって猿だって適当に選んだら僕より点数取れますよ。
この瞬間、英語ができない自分像というものが潜在意識を超え、エゴ、スーパーエゴまで染み込みました。
とりあえず医学部に行こうと思った矢先のこれ。本当に医学部には行けるのでしょうか。心して待て。
その⑤:果たしてセンター試験はどうなる?
おまけの話
一応河合塾には所属だけしていましたが、授業は殆ど理解できませんでした。受験時期になると自習室だけは利用するようになります。いつもは満員御礼で中々入らない自習室。でもある日の朝、いつものように自習室に行くと、100人以上も収容できる自習室に学生が一人しかいないのです。果たして何故だったのでしょうか?
、
コメント
[…] 前回の記事はここから! […]
[…] その④:英語でとんでも点数を・・・ […]